ココスのティーポットが欲しい〜
宮沢りえさんの離婚ニュース観てたら、
何気に思い出した「伊右衛門CM」
色々なバージョンがあるので、最近ハマりましたw
いやぁ〜 和みます
‘奥ゆかしさ’ってこれだなぁ〜
私の場合、このCMに流れる久石譲さんの音楽は、
曇り日に聞くと気持ちがええです。
ちなみに京都には‘伊右衛門カフェ’があるそうで
今度ツーリング行った時は立ち寄ってみたいですね
キャンプへ行くと、いつもグリーンティーを飲むのですが、
毎回、「急須に淹れた緑茶が飲みてぇ〜」って思います。
レストラン‘ココス’にある、
あのティーポット(プラスチック製)が売っていたら、
キャンプで使えるのになぁ
それか、お湯に入れて溶ける茶葉でも買うかな。
キャンプ用にティーポットが欲しいところです。
とはいえ、
宮沢さんの離婚は残念でした。
昔、貴花田との破局後の痛痛しい姿を思い出すとね。
初めての野宿キャンプ
5月5日から6日、
1泊2日で、南信州で初野宿デビューしてきました
キャンプを始めた昨年から野宿キャンプは考えていて、
緊張とドキドキ感を体験してみたい!
そんな単純な気持ちがきっかけでした。

出発の二日前から、グーグルマップで白地図と写真地図を照らし合わせてポイントを物色。
場所条件として、、、
山奥で川があり人気の無い場所が希望でした。
朝8時に出発して、高遠をへて秋葉街道を南下、
各地で道草を食いながら、

2年前、映画「大鹿村騒動記」に使われた大鹿村のセット。
俳優、原田芳雄さんの遺作でしたね。



14時ごろに、林道を走り、目的ポイントに到着しましたが、
実際、現地を訪れると・・・・
眺めも雰囲気も悪くないけど、産廃のゴミがちらほら・・・
イマイチ納得いかないので、
それから、他の沢沿いの林道も走って物色、
しまいには兵越峠を走り、静岡県に入ってしまった。

ここで毎年、県境を争って綱引き大会が行われます。

でも時間を見たらもう17時・・・
「しょーがない、あのゴミの場所にしよ・・・トホホ」
まぁいいさ、
野宿キャンパーの寺崎さんも、
「120%納得いく場所を見つけるのは難しい」
って語ってたし。
と、自分に言い聞かせ産廃のある野宿地へ・・・


ゴミを見ないようにしてテント設営(笑)
それから薪ひろい、
焚火台もセッティングして、メスキットでご飯を炊き、
19時ごろから、ジンギスを焼きながら日本酒で一杯。
月明かりで照らされ、星空も見えると、気にしていた産廃ゴミは暗闇で見えなくなり、
いよいよ自分が望んでいた雰囲気になり、気分は最高潮へ
、
「イェ〜〜イ! 今オレ野宿やってるんだZE」
と、自分を褒めながら、日本酒に酔う(笑)



でも今度は、やたら寂しさも襲ってきて、思わず誰かに電話しようかと思ったけど、
「電話代かかるしなぁ〜」と思い、
ミクシィから‘つぶやき’してました。
すると早速、マイミクのタカさんから、
「今日はスーパームーンの日ですよ〜」と一言。
正直、勇気づけられました(笑)
その後は、焚火を見ながら、日本酒とつまみ、時々タバコを吸う。
でも、寂しさと恐怖も時々出ると、
紛らわしに、独り言を言ってみたり、
大声だしてみたり(笑)
うほっ、恥ずかしいぃ〜
23時にテントに入り、寝袋に入るが、
なかなか寝付けず、
結局、寝たのは3時間半ぐらい・・・・
今回の野宿に限らず、キャンプ場でも、自分はなかなか寝付きが悪いので悩むところです
朝6時に起床。
朝食のカップラーメンをすすり、早速、撤収準備。

「さぁ〜て、野糞でもするか!
誰も見てないから、隠れないでやっちゃお♪」
と、河原へ降りて、パンツ脱いでお尻を出してたら、
林道を走ってくる軽トラックが・・・・
慌てて、ズボンをはきテント場に戻ろうとすると、
軽トラを降りたオジサンが、駆け下りてオレの所へやってくる。
「あちゃ、こりゃ怒られるのかな・・」
そう思って覚悟してたが、
おじさんは、
「ここは良いけど、むこうは鹿取りの罠あるから気をツケテ」
と言って去って行きました。
そういえば近年、長野県は鹿の大量発生で、
獣害で悩まされています。
ホッとして一安心。
撤収も終わり、出発前に我流の儀式。
「お世話になりました。ありがとうございました」
と一言告げ、大地に頭を下げて感謝。
野宿地を去りました。
帰りは途中で、爆弾低気圧に会い、農協の倉庫で雨宿り。
一緒に雨宿りした愛知のWave乗りのオジサンと談笑。
「Waveは搭載能力抜群だからキャンプにいいよ〜♪」
と説明を受けた。
たしかにビッグスクーターもいいよねぇ〜



話は本題からズレちゃうけど、
昨年から、8年ぶりにライダーに戻り、
あちこち、スーパーカブでツーリングしてきましたが、
125cc以下のバイクでツーリングしてる人は、なかなかいませんねぇ
それがかえって目立つせいか?
ライダーからよく声を掛けられたり、遠目からジロジロ見られたり(笑)
嬉しい反面、半ば浮いちゃってるような寂しさを感じるこの頃
まぁ、過去には「カブなんてつまらないし、あれはバイクじゃない」
って公言した知人Kawasakiライダーがいました。アホです。
でも、コイツじゃないと私はダメなんです
またカブで、野宿キャンプに行きたくなります
乗鞍温泉〜最後の花見〜焚火で焼肉
友人のお誘いで、
連休最後の30日、乗鞍温泉へ行って来ました。
訪れた風呂場はとても小さく、
入った時は、私の他におじさん一人と、外国人親子の3人がいて、
湯船はすし詰め状態・・・・
みんな出た後、
独り温泉を堪能〜♪
40分ほど浸かり満足して出ようとしたところ・・・
「おれのタオルが無いィィ!!」
どうやら外国人親子が、タオルを間違えて持って行ってしまったらしく、
残っていたタオルには外人さんの名前が日本語で〇〇〇〜
と入っていた。
友人にあとで名前を聞いたら、
乗鞍ではチョットした有名外国人らしい・・・
まぁ、思えばオレの黒ずんだ汚いタオルが持っていかれ、
代わりに、名前入りで、洗い立ての真っ白の新品タオルが手に入りました(笑)



乗鞍から降りて、近くの公園へ。
あちこちの桜が散って終わった中、
標高が高い所は、まだ桜が健在です。これが今年最後の花見でしょう〜


花見を終えた後、友人が合流。
先日、焚火台を買い、火入れをしたかったこともあり、
花見をしながら焼肉で晩餐。



昨年12月以来、焼肉を食べていなかったので、
炭火の焼肉は格別でした。
4年前から、野外で炭火焼肉を食べ始めて以来、
実家でやるホットプレートを使った焼肉は食べたくなくなりました(笑)
ホットプレート焼肉、自分はダメでつ・・・
あれでやると、油は溜まってギトギト、
肉汁が落ちないから肉汁が溜まって、茹で肉になってしまったり・・
両親は、それでも満足だそうです。
わざと強がってます(笑)
「プレートで焼肉はもう食べられない!」
友人も断言していました。
お互い舌が肥えました(笑)
市橋達也の刑が確定
小沢一郎の裁判が話題になってるさなか、
2007年、リンゼイさんを殺害した市橋達也の刑が確定したそうで、
彼はついに上告しなかった。
無期懲役か。
仮出所があったとしても、最低30年は刑務所から出られないみたい。
となると出た時は60歳以上。
この歳で出ても年金は無いし、自活は厳しいかな。
以前、耳かき女性2人を殺害した被告人は無期。
それと比べれば、市橋は重い。
傍聴してたとき「最初から殺意があったかどうか?」
が焦点でしたが、私的には彼の発言から、それは感じなかった。
これが妥当な判決だったのかどうか分かりませんが、
市橋はこれを受け入れ、
リンゼイさんご両親の気持ちは、大いに反映された。
振り返れば、
リンゼイさん両親が、何度も来日してまで戦って来なければ、
これほど大きく報道されることも無かったし、注目もされなかった。
「もし、自分の子供が海外で殺害されたら、
リンゼイ夫妻のような行動が、果たして自分には出来るかどうか?」
子を持つ親の中には、
そう考えさせられた人もいるのかな。
昨年、法廷で見かけた市橋は、
髪の毛は縮れ毛。
けっして綺麗とはいえないジーパン。
時に全身が震え出し、
その身震いから、手錠の摩擦でガチャガチャと音を立て、
刑務官が抱えないと立てない状況もあった。
「いい人間になりたかった!!!!」
泣きながら慟哭した彼の言葉が、今でも忘れられません。
どんな人でも、
いつ人を殺めてしまうかも分からない。
市橋裁判からそう考えさせられました。


2007年、リンゼイさんを殺害した市橋達也の刑が確定したそうで、
彼はついに上告しなかった。
無期懲役か。
仮出所があったとしても、最低30年は刑務所から出られないみたい。
となると出た時は60歳以上。
この歳で出ても年金は無いし、自活は厳しいかな。
以前、耳かき女性2人を殺害した被告人は無期。
それと比べれば、市橋は重い。
傍聴してたとき「最初から殺意があったかどうか?」
が焦点でしたが、私的には彼の発言から、それは感じなかった。
これが妥当な判決だったのかどうか分かりませんが、
市橋はこれを受け入れ、
リンゼイさんご両親の気持ちは、大いに反映された。
振り返れば、
リンゼイさん両親が、何度も来日してまで戦って来なければ、
これほど大きく報道されることも無かったし、注目もされなかった。
「もし、自分の子供が海外で殺害されたら、
リンゼイ夫妻のような行動が、果たして自分には出来るかどうか?」
子を持つ親の中には、
そう考えさせられた人もいるのかな。
昨年、法廷で見かけた市橋は、
髪の毛は縮れ毛。
けっして綺麗とはいえないジーパン。
時に全身が震え出し、
その身震いから、手錠の摩擦でガチャガチャと音を立て、
刑務官が抱えないと立てない状況もあった。
「いい人間になりたかった!!!!」
泣きながら慟哭した彼の言葉が、今でも忘れられません。
どんな人でも、
いつ人を殺めてしまうかも分からない。
市橋裁判からそう考えさせられました。












